うさぎとぼくと夜の喫茶店
ひどくくたびれて歩く家までの帰り道。あたりはすっかり暗くなってしまい、月はもやでかくれ、山道を照らすのは手もとのランプだけ。少し先の様子はほとんど見えません。
途中で道をまちがえたのか、それとも何かに誘われたのか、どうやら森の奥まで迷いこんでしまったよう。
もう歩けないな。ちょっと休んでからまた戻る道を探そう。木の根元に腰をおろすと、たまっていた疲れがどっとあふれ、根っこをまくらにしてすぐに眠ってしまいました。
「ねぇ、どうしてここにいるんだい」
どれくらい眠っていたんだろう。トントンと肩をたたかれ目をさますと、子うさぎが不思議そうな表情で、じっとこちらをのぞきこんでいます。
「道に迷ったみたいなんだ」
そう答えながら起き上がりあたりを見まわすと、さっきまでいた暗い森のなかとは景色が違います。向こうには建物の灯りもぼんやりと見えました。知らない場所だけれど、なぜだか懐かしい感じがしてなにも怖くはありませんでした。
「それにしても久しぶりだね」と子うさぎが言うので、おどろいて「ぼくのことを知っているのかい?」と聞き返しました。
子うさぎは驚いた表情をして、しばらく考えたあと「いいや、やっぱり勘違いかもしれない」と言いました。
「疲れた顔をしているね。おなかはすいていないかい」と、子うさぎは言いました。
「そういえば、何も食べていないな、疲れてしまってのどもカラカラさ」と、ぼくは答えました。
「もうお酒は飲めるのかい」と、子うさぎがまた聞いてきました。
「飲めるよ。このまえはじめて飲んだんだ、もうオトナになったからね」と、ぼくは自慢げに答えました。
「それはすごいね。じゃあ、ついておいでよ」
子うさぎはそう言うと、灯りがともった建物のほうへ、こちらを気にかけながらゆっくりと歩いて行きます。ぼくも子うさぎのうしろを遅れないようについていきました。
しばらく進むと、深い茶色をした古びた木でできた建物が見えてきました。そこは喫茶店のようでした。なんだかいいにおいがしてきます。
「やぁ、おかえり」
扉を開けるとカウンターのなかから、子うさぎよりもいくぶんか年をとった蝶ネクタイのうさぎが静かな低い声で言いました。お店の店主のようでした。
うさぎの店主のうしろでは、大きなからだをしたカエルが背を向けて料理をしています。他にも2人の店員がいるようでした。
ほわっとしたオレンジ色の電球。木の柱と古い土の壁。ゆったりと心地よい音楽が流れています。はじめてきた場所のはずなのに、遠い昔に来たような、どこか懐かしい感じがしました。
カウンターにならんで座ると、子うさぎは「お腹がすいてのども渇いているみたいなんだ。なにか食べるものと、それとお酒を出してあげてよ」と言いました。
うさぎの店主は黙ってうなずき、後ろにいるカエルになにやら声をかけています。
カエルは何も言わずでしたが、口もとだけにやりと笑っているようでした。
しばらくして出てきたのは、なめらかな泡のビール。丸いプレートにのったサラダとニンニクの香りがする小さなトースト。色とりどりのピクルスやきのこのソテーなどの小皿料理も。
「いつもは朝に出しているメニューなんだ。キミはもうオトナになったみたいだからね。今日は特別にお酒にあうように作ってみたよ」と、うさぎの店主は言いました。
なぜだか不思議と、このメニューにも見覚えがあるような気がしました。
「いただきます」
グラスを手にとり急いで口にすると、冷たいビールが渇いたのどに流れていきます。
サラダ、トースト、ピクルス…。とうがらしやにんにくのきいたオトナの味。ビールもどんどんすすみます。
ひとしきり食べおわると、ぼくは「ふぅ」と大きく息をついていました。
隣に目をやると、子うさぎは満足そうにこちらを見ています。
「もう、大丈夫そうだね。疲れたときにはまたいつでも来るといいよ」と子うさぎは優しい声で言いました。
そう言われて、ぼくも優しい気持ちになり「ありがとう」と答えました。
「帰り道で疲れたなら、これを食べるといい」
うさぎの店主は小さな包み紙を渡してくれました。
「じゃあ、そろそろ戻るかい」
そう言うと、子うさぎは立ち上がりました。
ぼくも立ち上がり扉をあけてお店を出ると、白く明るい光につつまれていきました。
目を覚ますと元いた森のなか。あたりはすっかり夜が明けていました。
そこには子うさぎの姿も喫茶店も見えません。
夢でも見ていたのかな。そう思いながら起き上がると手には小さな包み紙。それはうさぎの店主が手渡してくれたお土産でした。
もう大丈夫だ。
ぼくは少しうれしくなって、足取りも軽く家までの道のりを歩きだしました。