1月5日(火)の朝日新聞に掲載いただきました。
—- 記事抜粋 ——
障害ある人たちに思い寄せ ウサギのように亀のごとく
ウサギと少年のマークが描かれた扉を開けたとたん、自家焙煎(ばいせん)コーヒーの香ばしい香りが漂う。カウンターにはウサギのグッズがずらりと並ぶ。
レトロな長屋が多い大阪市阿倍野区の大阪メトロ昭和町駅近く。築90年の長屋にあるカフェはその名も「うさぎとぼく」だ。
上口貴清(うわぐちたかきよ)さん(44)と香苗さん(48)夫妻が営む。古道具屋で集めたという木製家具が長屋の雰囲気と合い、せかせかしたウサギのイメージとは違うゆったりとした静かな空間を作り出している。2人がめざすのは「みんなが落ち着く、架空のおばあちゃん家(ち)」だ。
府内の障害者施設の元同僚同士で、2003年に結婚した。その後は別の施設などで勤務していたが、「一緒にできる仕事がしたい」と2人で11年10月にカフェを開いた。
貴清さんは大学で福祉を学んだ。卒業後は知的障害や精神障害がある人たちが通う施設、ハローワークなどでの勤務を経験した。
精神障害の人たちが働くカフェに勤めたとき、焙煎したての香り高いコーヒーの魅力に開眼したという。
店名の「うさぎ」も貴清さんの提案だ。かつて職場の同僚がウサギを飼っていて、人なつっこい姿にとりこになった。
店で出すカフェラテには、スチームしたミルクで緻密(ちみつ)なウサギのラテアートを描く。「看板商品にしたい」と猛練習した。SNSで話題を呼び、不動の一番人気。飲み物に添えるビスケットもウサギ形だ。
好きが好きを呼び、訪れた客がウサギグッズを置いていくことも。いまや店内にはウサギがあふれる。もっとも香苗さんは「店名としてはわかりやすいけど、そこまでウサギに興味はない」と笑いながら明かす。
店内では、障害者施設がつくった焼き菓子も売っている。「いいものをつくっているのに販売先がない」という現状を変えたいとの思いがある。
障害がある人たちが食品をつくる作業所は概して衛生環境に気をつかっており、味も専門店にひけをとらないが、販路は狭いままだ。「客観的な評価が得られるよう、少しでも力になれば」と貴清さん。
まだ一人ひとりの障害者の収入アップまでは至っていないものの、本人や家族に「社会とつながっている」との実感を持ってもらえたら、と2人は願う。思いに共感し、同じように商品を置いてくれるようになった喫茶店も現れた。
コーヒードーナツやシフォンケーキを納入しているオガリ作業所(大阪市住吉区)の40代の女性職員は「障害者への理解があり、納入に行っても温かく見守ってくれる」と感謝する。
「コロナ禍で売り上げが伸び悩む中、幅広い客層に食べていただき、前と変わらない注文数を頂いていてありがたい」
貴清さん、香苗さんとも「人見知り」を自称する。自宅でホームパーティーを開いたこともなかった2人が、店で「一見(いちげん)」の客を相手にするのはまさに挑戦の連続だった。
店は昨年10月に開業から10年目に入った。ウサギのように前へ前へと進んできたように見える2人。ただ、実は、カメのようにじっくりと歩んでいきたいのだと口をそろえる。
「これからも同じことを変わらず続け、地域や社会に貢献していきたい。気持ちが疲れがちな時代だけど、緊張感なしでカフェに来てもらえれば」(鈴木智之)
〈うさぎとぼく〉 大阪市阿倍野区阪南町3の9の10。営業午前9時~午後6時(8日午後から通常営業)。06・7502・2155。店のウェブサイト(https://usaboku-coffee.com/別ウインドウで開きます)内のオンラインショップでも障害者施設の焼き菓子などを販売している。